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 近年の情報の伝達の速さと量は、確かに我々の生活を便利にしました。しかし、人と人とのつながりは、その伝達の速さと比例して、より濃密になったのでしょうか?

 今回のプロジェクト「耳でふれて/眼できいて」は、国境や世代を超え、耳と眼を働かせてコミュニケーションを取りながら、子供と大人が一緒に作品を創ることを目的としています。はじめに子供たちは作曲家が作った音楽を聞きながら絵を描き、その絵を基に映像作家がビデオ作品を作り、そのビデオを見て今度は子供たちが音を鳴らし、その映像作品と子供たちの音遊びに、プロの打楽器奏者とチェリストのライブ演奏を加えたものを、マルチメディア作品として構成します。さらに、今夜のコンサートの音源は太平洋を越えて、アメリカの子供たちに聞いてもらい、同じように彼らも絵を描き、まったく同じプロセスを海の向こうでも展開して行く予定になっています。

 感覚機能としての眼と耳を比べると、眼の中の網膜では約1億4千万もの細胞がそれぞれ光を受信しているのに対し、耳は、蝸牛の上のひらひらとした僅か3万の受容細胞で音波を感知しています。細胞の数だけで考えると、感覚器官として眼が優れているという結論に達してしまいそうですが、はたしてどうでしょう?ヴィム・ヴェンダースというドイツの映像作家は、眼は我々を世界の淵に位置づけるが、耳は我々をすっぽりと世界の中に位置づける、と言っています。眼は、「わたし」自身を世界の外に位置づけて、わたしと世界との距離を測るのに重要な役割をしますが、耳は周囲を取り囲む様々な音の世界のなかに、「わたし」をぽんと放り込み、世界の中に包まれている「わたし」という安心感を与えてくれるのかもしれません。視覚と聴覚の優位性という問題はさておいても、ヴェンダースの言葉をよく考えると、細胞の数や、そこから受ける情報量や伝達の速さのみで、情報とその内容のクオリティを推し量るのはいささか無理があるようです。

 同じようにこの作品でも、伝達される情報の内容と、子供たちの伸びやかな想像力に細心の注意をはかりながら、ビット数やバイト数を増やすことだけにあくせくせず、大人も子供も眼と耳をいっぱいにはたらかせてこの作品を創り、その情報を皆さんと共有できたら、というのがわたしたち創作者の願いです。